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年間1,100時間。 三井物産ロジスティクス戦略部が挑む、AIを活用した海上運賃見積業務の改革

課題

  • 社内事業部からの見積取得依頼への対応工数(見積条件の整理・不足情報の確認) 

  • 船会社からの見積取得に係る工数(内容確認・比較・事業部への取り次ぎ) 

  • 取得した見積の業務システムへの登録工数 

決め手

  • 限られた時間の中で要件を的確に汲み取るコミュニケーションスキル 

  • 貿易のような未経験の専門領域にも挑戦し、学ぶ力 

  • 取引先現場へ積極的に入り込み、実態を踏まえた開発姿勢 

  • 受注前から簡易PoCを無償で実施する、不安に応えるクイックな対応

期待される便益

  • 海上運賃見積業務を担う15名の業務工数の約20%(年間1,100時間)を削減 

  • ユーザーの業務感覚に沿った自然言語入力により、システム習熟負担を最小化 

三井物産株式会社のロジスティクス戦略部が、海上運賃見積を自動化するAIシステム「MAQ(Mitsui AI Quote)」を株式会社Kieiと共同開発した。プロジェクトに携わった同部の3名に、業務の概要、AI導入の経緯、Kieiを選んだ理由、設計思想、そして導入後の手応えまでを伺った。

目次

  1. 国際貿易を支えるロジスティクス戦略部の業務 

  2. フォーマットの壁と「AIで業務を見直す」着想 

  3. Kieiを選んだ理由 -専門外に踏み込む力と円滑なコミュニケーション 

  4. AIが活きる二つのポイント -引合登録とメール読み取り- 

  5. MAQの設計思想 -「白か黒か」のAIをどう組み込むか- 

  6. 導入後の手応えと展望 -年間1,100時間削減を目指して-

国際貿易を支えるロジスティクス戦略部の業務  

——ロジスティクス戦略部の役割と、今回自動化された海上運賃見積業務の概要・規模感をお聞かせください。

狩谷さん:ロジスティクス戦略部は、三井物産単体及びグループ会社全体の貿易物流を統括するコーポレート組織であり、輸出入規制や経済安全保障の観点からの取引審査、各国法制に則った適正な通関管理、国際貨物輸送や倉庫ハンドリングを含む物流オペレーションの設計を担っています。そして実際のデリバリーでは、当部主管の関係会社である三井物産トレードサービス株式会社(以降、MTS)が、各種輸送手配や書類作成等の貿易実務を遂行する体制になっています。

当部物流企画室は主に物流オペレーションの設計を行っており、中でも大きな工数を占めていたのが、今回自動化の対象とした海上コンテナ運賃の見積業務です。その内容は、社内の各事業部が商品取引のコストを試算するに必要な「港Aから港Bまで商品Cの海上運賃はいくらか?」という見積取得の依頼に対応するものです。当社ではこれを事業部からの「引合」と呼んでおり、物流企画室は貨物の特徴や輸送方法、時期といった引合の条件を専門的知見からの整理の上、複数の船会社に見積依頼として展開し、取得した運賃見積の中から最適な運賃を事業部に提案するというプロセスを担っています。

当社が取得する海上運賃には2種類あり、主要航路の一般貨物を対象とした期間固定の集約運賃と、その他航路や特殊貨物を対象に案件ごとに取得する個別運賃に分かれます。前者は専任担当者が船会社との交渉を一括して行いますが、後者については100を超える事業部を約15名の担当者に割り振って、夫々が担当する事業部とデイリーでコミュニケーションを取りながら多種多様な輸送条件に応じた運賃見積を取得していました。

狩谷さん(三井物産株式会社 ロジスティクス戦略部 物流DX室)「ある程度のリソースを割いていたのが、海上輸送の見積業務でした」

フォーマットの壁と「AIで業務を見直す」着想

——運賃見積業務のAI化を検討された背景と、過去の自動化検討との違いをお聞かせください。

高橋さん:以前、MTSの基幹業務システムの刷新を検討していた際に、当部の運賃見積業務のプロセス全体を整理する機会がありました。その過程で、現場で培われてきた専門的な判断や対応力の重要性を前提としながらも、情報の整理や関係者間のコミュニケーションについては、AIの活用によってより効率化できる余地があるのではないか、という議論がなされました。

結局、基幹業務システムでは検討の対象外となったのですが、仮説自体は私たちの中で残り続けていて、「これをスピンアウトして個別のシステムとして立ち上げれば、当初狙っていた効果は得られるはずだ」と考えました。それがMAQプロジェクトのスタートです。

過去にAIを使わないシステム化を検討したこともあったのですが、難しかったのはフォーマットの統一でした。そもそも事業部からの引合の形式はメールやチャットでルール化されておらず、船会社から提示される見積もメール本文への記載やExcel表記、各社システムで作成したPDFの添付等ばらばらな状態でした。その為、システムが理解可能なようにフォーマットを揃える必要がありましたが、関係者が多く、全く合意に至ることが出来ませんでした。一方で、異なるフォーマットでも内容を理解することが可能なAIを業務プロセスに組み入れることで、フォーマットの統一が不要になる――そこに体験的な期待があったのが、AIの活用を採用した最大の理由です。

Kieiを選んだ理由-専門外に踏み込む力と、円滑なコミュニケーション-

——開発パートナーとして複数社を比較検討された中で、最終的な選定の決め手をお聞かせください。

狩谷さん:決め手となったのは、短期間で当社が成し遂げたかったことを理解して頂けたことです。貿易という本来専門ではない領域にも関わらず、業務プロセスや要件への理解が早く、特に、打ち合わせの外で貿易実務についてもご自分でも調べて頂いていて、コミュニケーションが取り易かった点が大きかったですね。

業界一般の話としては、「蓋を開けてみたら要件が伝わっていなかった」というケースも多いと聞いています。そのような中で、業務要件の理解の精度の高さは、長丁場のプロジェクトを進めるうえで大きな安心材料でした。

三井物産 ロジスティクス戦略部のメンバーと、Kieiチームの議論風景「対面で確りと議論する機会を頻繁にもらえたのは、本当にありがたかった」

——プロジェクトの進め方の面で、印象に残っている動き方はありますか。

狩谷さん:開発パートナー探しの段階から、事前の質問票にも丁寧に答えていただいて、情報をスピーディーに提供いただけたのは大きかったです。また、「本当に生成AIで業務の課題が解決できるのか」という、技術的な不安に対しても、契約前でも簡易検証して頂けたことで自信を持って進めることができました。

システム開発自体も、一般的には細かく要件を決めてから、最後に出てきたものにマイナー修正を依頼する流れになりがちです。それが今回は要件定義をしている最中から、こういうイメージですというモックアップやデモを次々と示していただきました。ユーザー側も具体的なイメージがないと言語化できない要件もあるので、早い段階からデモサイトを作っていただいて、それを見ながら一緒に議論して修正を進められた点は大きかったと思います。

古旗さん:プロジェクトの後半は、毎日のようにオフィスへ通っていただいて、一緒に進めていました。当初は週次のミーティングだったのが、途中から「日次でミーティングしませんか」とご提案をいただいて、対面で会話する時間がぐっと増えました。週次から日次に切り替わったことで、要件確認もスピードアップしましたし、お互いの心理的距離も縮まりました。社内特有の業務について、現場に足を運び、関係者と密に連携しながら課題解決に取り組むアプローチが、プロジェクトの円滑な推進に寄与したと感じています。

AIが活きる二つのポイント-「引合登録」と「メール読み取り」

——MAQでAIを活用している機能と、そこで得られている効果をお聞かせください。

高橋さん:AIは複数箇所で活用していますが、大きく効果が出ているのは、事業部が引合を登録するためのチャットと船会社からのメール読み取りの2カ所です。特に省力化に繋がったと感じられるのは、プロセスの入口にあたる引合登録のチャットのほうですね。

過去には事業部からの引合に統一フォーマットを定めて、必要な情報の項目を事業部ユーザーに入力させることを検討したこともありました。しかしながら、事業部からすると「その項目にどう入れればいいのか」「自分が持っているこの情報をどう活かせばいいのか」が分からないことがあります。その結果、物流企画室やMTSに「どう入力すればいいですか」という問い合わせが来たり、そもそも統一フォーマットを使ってもらえなかったりといったことに陥ることを懸念し、実用化には至りませんでした。

チャットの採用により、自然文で「こういう見積が欲しい」と伝えれば、それをデータとして構造化してシステムに登録してくれる。あるいは不明なことはチャットで聞けばAIが回答してくれることによって、引合登録を受ける側の問い合わせ対応工数も削減が期待されます。チャットの他に項目への直接入力が可能なフォームも用意していますが、実際の運用履歴を見ても、チャットでAIに構造化してもらう方式の方が現場には好まれています。

「事業部は自然文で打つだけ。AIが裏側で項目化していく」

*画像出典:三井物産株式会社MAQ画面

*画像のデータはダミーのものを使用しています

——船会社からの「メール読み取り」の効果についてもお聞かせください。

高橋さん:船会社からの見積は、細かいチャージ内容や付帯条件がメール本文や添付資料に分散して書かれていることが多く、従来は担当者がExcelに転記した上で比較していました。MAQでは、AIがメールや添付資料を読み取って見積を構造化することで、複数船会社の見積を一覧で横並びに比較できる状態になっています。

メール内の表記や文脈の違いに起因する解釈のばらつきを考慮し、品質担保の観点から最終的に人が確認するプロセスはMAQ導入後も残しています。それでも、前処理が一段入っているかどうかで、担当者の作業量は大きく変わりました。

船会社見積メールの読み取り → 見積比較画面

「メール本文・添付Excelに散らばっていた情報が、構造化されてシステムに登録される」*画像のデータはダミーのものを使用しています

——AIを介在させることで、入力側・受領側の双方の作業負荷はどう変わりましたか。

高橋さん:新しいシステムを導入する際、システムオーナーにしかメリットがなく、対応を強いる関係者への負荷が増えるというケースは少なくありません。一方が楽になると他方が大変になる、というトレードオフ構造です。MAQでは、AIが間に入ることで、どちらにも余計な作業を相手に押し付けることなく吸収できる構造になっています。その為、ユーザーへの導入も抵抗なくスムーズに進んでいます。

MAQの設計思想 -「白か黒か」のAIをどう組み込むか-

——AIの精度との向き合い方、そして人による確認を残したプロセスの設計思想についてお聞かせください。

高橋さん:どこまでの精度を目指すかという議論は勿論ありました。但し当初より、多少間違いがあっても、大部分をAIが処理することで省力化は可能という前提で考えており、精度は最終的に人で担保する設計と致しました。

もう一つ意識したのは、AIに「次のステップに進む」判断を任せないことです。当初は、船会社から受領した見積提示のメールをAIが確認し、必要情報が不足なく含まれていると判定されれば自動で次工程に進み、不足があればAIが「この情報が不足しているので再度確認してください」と船会社へ自動返信する案もありました。しかしながら、人間は経験や文脈から読み取れることがある一方で、AIは「白か黒か」「書いてあるか無いか」で判定してしまいます。そこで相手に余計な工数を生じさせる可能性があるのであれば、最後のトリガーは人間が引くこととした方が、業務には馴染みやすいと判断しました。

高橋さん(三井物産株式会社 ロジスティクス戦略部 物流企画室)「進めるトリガーは、必ず最後人が引く」

——プロジェクトを通じて、特に難しかった点をお聞かせください。

高橋さん:難しかったのは、業務プロセスの分岐の多さへの対応です。データ項目や選択肢を可能な限り整理・統合しようとしたのですが、その工程に最も労力を要しました。

当社の事業部はグローバルに多くの顧客を抱え、取り扱う商品も多い為、多種多様な輸送条件を想定する必要があります。その結果、本質的にはシンプルな見積であっても、周辺に多数のパターンがあり、これらを整理・統合していくことに難しさがありました。当室の約15名の担当者の先には何百人もの事業部担当者がおり、それぞれが個別の担当案件を抱えています。その中で、共通する要素を見極めつつ、もれなく成立する形に落とし込むことは、難易度の高いプロセスでした。全体を俯瞰してみた時に「ここは同じだね」というのが見えたのは、グループ全体の物流を集中的に管理していた当部だからこそできた部分かなと思います。

導入後の手応えと展望 -年間1,100時間削減を目指して-

——MAQの運用状況と設定されているKPI、今後の展開計画についてお聞かせください。

古旗さん:現在は事業部単位で段階的に導入を進めているフェーズです。導入済の事業部からは「こんな新しい取り組みがあるんだね」とポジティブなフィードバックが届いています。AIを組み込んだ業務システムは社内にもまだ多くないので、新鮮な目で見てもらえているのかもしれません。

狩谷さん:KPIとして、最終的には約15名で担っている工数の20%削減(年間1,100時間相当)を目標に置いており、運用しながら達成度を測定していきます。スケジュール上は1年間をかけて関係会社を含む全事業部への導入を完了する予定です。

古旗さん(三井物産株式会社 ロジスティクス戦略部 物流DX室)「新鮮な目で見てもらえている。ポジティブな反応が多い」

——最後に、AI活用を検討する企業に向けてのメッセージをお願いします。

狩谷さん:当部では、ノーコード・ローコードツールを使って自分たちで簡易的なAIツールを内製する取り組みも進めています。AI活用のアイデアを気軽に試せる環境を自分たちで持つことを勧めたいです。

自分たちのような非エンジニアでも作れるものは内製で作ればいいですし、内製で作れないものは外部パートナーに依頼すればいい。その過程で、自分たちの生成AIに対する理解が深まり、社内で「こういうことに困っている」という課題に対して、「これは生成AIが活用できそうだな」という感覚が養われていきます。長い時間をかけて検討してから動き出すよりも、思い立ったらすぐにでも小さく試していくことが、発展目覚ましい生成AIを業務で活用するには大事なのではないかと思います。

三井物産株式会社 ロジスティクス戦略部 見積業務AI化プロジェクトチーム(左から)高橋さん(物流企画室)/古旗さん(物流DX室)/狩谷さん(物流DX室)

導入企業

社名

三井物産株式会社

業種

総合商社

導入組織

ロジスティクス戦略部

利用サービス

AIシステムのスクラッチ開発― 海上運賃見積プロセス自動化システム

課題・目的

ロジスティクスDX / AI活用 / 業務自動化 / 工数削減

担当PM

富田拓実

経歴

麻布高校在学中からエンジニアとして活動を開始。サンディエゴや上海を拠点にフリーランスとして活動したのち、株式会社Kieiを共同創業。官公庁向け、大手製造業向けのAIシステム開発など複数のプロジェクトをリードし、生成AIを駆使したプロジェクト設計から実装までを統括している。

コメント

現場に深く入り込み、業務にフィットするようにAIを組み込むことを徹底しました。ロジスティクス戦略部の皆様とご一緒できたことを光栄に思います。今後も活用領域の拡大に貢献してまいります。

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